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ギンバイカ(ミルト)の花

 色彩館内では外の長雨をよそに、銀梅花(ギンバイカ、Mirto)がほぼ満開になりました。透き通るようなたくさんのおしべは長く、白い花弁が特徴です。英名でmyrtle(マートル)、属名(Myrtus)の読みをミルタスではなく、原産地のひとつであるイタリアに従ってMirto(ミルト)とします。

 

 

 

 

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ふたつのミルト(3)

 インターネット接続が当たり前になった現代。ストリートビューは実に便利なツールで、目的地に行けなくても見方によっては多くのの情報が得られる。イタリア・シチリア島にあるメッシナ県のミルト(Mirto)は、観光地からは離れた小さな山村で、よほどのことがなければ日本人が訪ねることはないのだろうと思う。

 

小高い丘にこじんまりとまとまった集落。昔からその姿をあまり変えていないのかもしれない。

市街地の縁を走る県道156号線(SP156)

 

 

 

この街だけではないと思うが、建物と舗装道路・敷地は一体化していて、空き地以外では「土」が露出した場所がほとんどない。殺伐として見えるが、雑草が生えていないので清潔感がある。人々は手の届く範囲でプランターや鉢などの容器で植物、花を楽しんでいるようだ。

 

小さいが郵便局、商店がある

 

 

 ミルトの一番の自慢は、この建物なのだろう。18世紀半ばから19世紀かけてシチリアの衣服やアクセサリーを1500点を集めた博物館らしい。整然と管理されたこの博物館を訪ねると、かつてのシチリア島の日常生活を知ることができるとのこと。先祖や自分たちの歩んできた歴史を大切にする心がけは必要ですね。(つづく)

 

Museo del Costume e della Moda Siciliana di Mirto

 

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ふたつのミルト(2)

 それではとりあえず美流渡とミルト(イタリア)の街並みと広さを較べてみます。歴史的な経緯と気候的な違い(豪雪)家屋の材質の違い(木造か否か)で集落の密度がまったく異なります。

 

縮尺は揃えたので較べてみて下さい

 

 次回はストリートビューを利用してミルトの街の中を覗いてみます。それなりに見えることがあります。ただし美流渡は圏外で朝日の手前までしか撮影されていません。

 

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ふたつのミルト(1)

  岩見沢市と旧栗沢町の境界に沿って東西に流れる幌向川があり、かつて石炭で栄えた美流渡(みると)の街があります。地名の由来は「山の間のところに出ている川」を意味するアイヌ語シルトゥロマプ(sir-utur-oma-p )の「シ」と「ミ」の転記間違い、読み違いによってミュルトになり、これに漢字を当てはめ「美流渡」になったとされています。この段階でアイヌ語ではなくなっていますが、怪我の功名とはこのことで、日本にたったひとつで美しい響きの地名になりました。間違った先人に感謝しましょう。(なお、地名後半のマプは、「マップ」として湖底に沈んだ側の地区と幌向川支流の名に)

 さて世界に目を向けてみると、イタリア最大の島のシチリア島メッシーナ県にミルトという街があります。ギンバイカを意味する学名(Myrtus communis)のもととなったミルト(Mirto)ですが、12世紀ころはミルト・リキュールの最大生産地サルデーニャ島と同じくギンバイカが沢山自生していたことで名付けられたと思われます。しかし今ではオリーブ、ワイン用ブドウ、柑橘類の果樹園になっているようです。ミルトは海抜430mの小高い丘陵の上にあり、人口は約1000人、面積は9平方km余り。中心部に集積した集落がありますが、観光客は来ない静かな街のようです。

 

 

 

 イタリアは市町村という概念はなく、ローマやナポリなどの大都市が「市」を名乗っている以外は、街の規模にかかわらずコムーネという基本自治体名で呼ばれています。それぞれに独立した行政役場などがあり、首長がいるそうです。次回はもう少し掘り下げて較べてみたいと思います。

 

Mirto(Italy)の街並み

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ミルト発祥の地(2)

 前回のブログで取り上げたミルト・リキュールのルーツはイタリアのサルデーニャ島で、ここでは一般家庭でも作られ愛用されているそうです。炭坑が閉山となり、寂れ行く美流渡(みると)に少しでも元気になってほしいという願いから、平野さんとイタリアよりやってきたダビデさんが中心となって立ち上げたミルト会はプレス空知さんに取り上げていただきました。

 

 

 そこで今回はサルデーニャ島について少し調べて・・・と意気込んでいたら、すでにダビデさんのサイトで詳しく紹介されていました。ダビデさんによればご先祖様のふるさとサルデーニャと今住んでいる空知にはたくさんの共通点があるそうです。そのことをご縁にお互いの歴史、文化そしてグルメを理解して中身の濃いおつきあいが出来ればいいですね。

 

1960年代、日本もイタリアも石油の普及とともにほぼ姿を消した石炭。その歴史に多くの共通点があり、違いもある様です。

 

ダビデさんのコラムより

空デーニャ・プロジェクト:サルデーニャ島の石炭(1)

空デーニャ・プロジェクト:サルデーニャ島の石炭(2)

空デーニャ・プロジェクト:サルデーニャ島の石炭(3)

(「空(そら)デーニャ」はダビデさんが愛着を持って名付けた空知とサルデーニャの合成語です)

 

ネット上で見つけた文献によれば、国策で国家(ムッソリーニ)が力を注いだだけあって、いくつかの違いがあるように感じました。石炭採掘のために作られた都市は、石炭を意味するイタリア語にちなんでカルボニア(Carbonia)と名付けられ、

 

1)職住を完全に分離・・・地形の起伏、様々な作工物、樹木で遮蔽し、住宅と車両の行き交う道路を分離。

2)従業員の過半数はサルデーニャ島の住人で、日本のように強制労働を強いられた外国人は皆無

3)炭坑従事者のピークは17,000人(1947年)で、町全体の人口は、ピークが約48,000人(1950年)、31,000人(1971年)、29,000人(2012年)。閉山に際して様々な政策をとったことにより緩やかに減少。人口構成や国情の違いがあるとは言え、人口が激減した日本の産炭地は見る影もない。

4)カルボニアでは、石炭で栄えた歴史に誇りを持っているとのことです。

 

・・・それにしても、カルボナーラ (Carbonara) が気になりますね。

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